2月 05

タイトルはボンジョビの「It’s my life」と、シナトラの「That’s my life」をかけあわせてみました。

さて、そんなことはいいとして、今日ある地下鉄の駅をとぼとぼと歩いていたんですが、電車の到着の音とともに改札から子どもを抱えたお父さんと、手を引いたお母さんがホームに走ってダッシュしていました。東京ではまぁ見慣れた光景なんですが、こういう光景を見ると生き急いでいるなと僕は常々思います。

時間を作る、時間を生きる―心理的時間入門
時間を作る、時間を生きる―心理的時間入門

先日読み終わった本に「時間を作る、時間を生きる」という本があります(前にも少し紹介したかな?)。この本にもありますが、私たちの自我に関係なくある物理的な絶対時間の他に、人には心で感じる相対的な時間ってあると思うんです。よくいう楽しい時間はあっという間に過ぎ、苦しい時間は何倍にも感じるってやつです。

それと同時に、動物でも同じ1秒間で打つ心拍の違いで行動に違いが出るように、人にも自分にとって心地よいパーソナルリズムというものがあるそうです。僕はこれって結構生きていく上で重要だと思います。自分にとってのパーソナルリズムを知れば、それと同期するように仕事や生活を進めると、同じ仕事量でも感じる爽快感やストレスが全く違うのです。

これを仕事で感じるのは打ち合わせや会議のとき、パパっと事柄を爽快なまでに切り分けて進行をスムーズにする人、逆にネチネチと自論を展開する人、じっくり考えこむ人、、どれがいいってわけでもないですが、ここには個人ではなくて、組織にパーソナルリズムがあるともいえると思います。

振り返って、先ほどの地下鉄の家族。楽しい買い物をした後か、グッタリした旅行帰りか分かりませんが、たった1本の地下鉄(東京だから待っても10分以内には次が来る)のためにその一瞬、その一日のリズムを崩す。特にパーソナルリズムが大きな子どもにとっては、少しストレスになるのでは?と思います。とかく都会は周りに押し流されて、自分のリズムというのを作りにくい。たとえ、はっきりとしたストレスを感じていなくても、毎日のそうしたリズムも乱れが少しずつ私たちを蝕んでいるのではないかとさえ感じます。

僕はとかく自分中心主義なのでw、自分のリズムを崩すようなことはしない主義です。発車寸前の電車に乗りたいと思わないし、青点滅の横断歩道でも急いで渡るようなことはしません。

時間に追われると感じる人は”禅”をオススメします。何も足を組まなくても、目を閉じなくても、”禅”的な思考はできると僕は思います。ゆったりと何もしない、もしくは何かしていても、周りと自分を協調させて時間のゆったりした流れを感じるのです(何かしながらやるときは、注意を怠ってもよい安全な状況でやって下さいw)。そうすると、たとえ5分でも無限の時間をそこに感じることができます。たった数分でも、そういう”禅”的な思考をすると一日が長く、そして心地よく感じてきます。

パーソナルリズム、そして”禅”的な思考ができるパーソナルスペース、、哀しいかな都会にはそういうところが本当に少ない。これからの都市設計はそういうところを見つめるべきだと僕は思います。

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