12月 22
映画を見終えて、原作本を読書。これは是非多くの人に読んでもらいたいオススメ作だ。映画も艶っぽくて良い作品だったけど、原作は更に生者と死者との関係や、その中でも人が生きていくこととはということに焦点がうまく当たっている。かつ、いろんな使者の役回りが説明くどくなく、各々のドラマの中でキチンと昇華されていることも素晴らしいと思う。
映画版では登場しない平瀬愛美の物語が特にいい。ネタバレにならない程度に話すと、1番最初に出てくるエピソードでもありながら、後半の重要な場面でもうまく絡んでくる。計算されたプロットではないが、物語の弾みをつける場面でうまく活きていた。
それに読んでいて、文体がとても繊細だと感じた。このあたりが女流作家ならではと思う。読み始めた時は拙く頼りない印象ではあったが、どこか人間味が溢れてくる文章でもあり、人物の内面描写が実に細やかに伝わってくるのだ。映画版で使者役を松坂桃季や樹木希林に配役されたが、これも上手い配役だったと本を読んでも思った。
死者に会えて、お涙もので”めでたしめでたし”にしないのもいい。人の死を乗り越えた再会は隙間を埋めるだけではなく、後悔をも生む。しかし、そのいろいろな感情に支えながらも、生きている私たちは今日も、明日も生きていかないといけないのだ。
最後に、この本の後半で登場する印象に残る文章を引用したい。
それは確かに、誰かの死を消費することと同義な、生者の自己欺瞞かもしれない。だけど、死者の目線に晒されることは、誰だって本当は必要とされているのかもしれない。どこにいても何をしてもお天道様が見ていると感じ、それが時として人の行動を決めるのと同じ。見たことのない神様を信じるよりも切実に、具体的な誰かの姿を常に身近に置く。
[…] 僕はこの本を読んで、日本人の亡くなった人に対する想いというのがとても素晴らしいものだと、改めて気づかされた。僕自身は人には魂というものはあると信じていて、魂が身体に宿って、はじめて人というものが成り立つと考えている。魂の抜けた遺体というものは、単純に見れば、”モノ”でしかない。それでも、日本ではほとんどが最終的に火葬にしてしまう遺体に対して、適切な防腐処置をし、死に化粧をし、葬式を上げて送り出す。「ツナグ」の書評でも書いたが、そこには残された人が、それぞれの想いの中で故人と真正面に向き合い、別れを惜しみ、悲しみ、整理する瞬間が必要ということを暗に文化として示している。これは改めて素晴らしいことではないかと思うのだ。人が亡くなった時点で、その人はいなくなるのかもしれないが、その魂は残された人たちの中で永遠に生き続けるものなのだ。 […]