Facebookとかでつながっている人には、きっともう伝わっていると思いますが、まるっと10年間務めた会社を退職し、転職しました。現時点(2014/5/30)時点では、まだ有給消化中で正確には前の会社の社員ではありますが、週明けから新しい会社に移ります。
ネットで話題の実名を上げての退職日記は書きませんが、きっといろいろ調べれば分かると思いますので、引っ越しが落ち着いた今、改めてこの10年を振り返ってみたいと思います。
僕は高専〜大学〜大学院と移ってきて、専門も電気〜物理〜数理科学と、その度に学ぶことを変える学業生活でした。正確に言うと、好奇心は旺盛だけど、勉強自体は嫌いだったので、興味が有ることをつまみ食いしながら、サークル活動に精を出し、いろんな仲間と思い出を作ってきました(でも、大学院では真面目にやったので、成績優秀者で修了できましたけどね→唯一の自慢ポイント)。
そうやって、学生生活を自分なりに謳歌して、いざ就職となったときに、ちょうど2000年問題対応が終わったIT不況と呼ばれる時期が、僕の就職時期でした(といっても、今の就職難に比べれば、だいぶマシですけどね)。大学院ではインターネットのパケット流を数理的に解析するという異色な研究をしていたので、実際のIT現場がどのようになっているかを知りたくて、早くからIT系と決めていました。十数社受けて、残ったのが今の退職しようとする会社(面倒臭いので、以下”今の会社”と言ってしまいますが)と、もう1社がSIerでは今の会社よりも数倍大きく、給料レベルもよさそうな会社でした。それでも今の会社を選んだのは、インテリ系な雰囲気がするもう1社よりは、現場に近く、泥臭く仕事ができそうだったから(笑)。何だか、手を動かしながら、知識を体得していくほうが、デスクワーク一辺倒よりも合っている気がしたんですよね。まぁ、最後に面接してくれた、当時の副社長が良さそうな感じの人(もう、引退なさいましたが、実際に最後の最後まで目をかけてくれました)だったということもあります。
そうして今の会社に就職し、大阪に1年、京都に6年、東京で3年と務めてきました。途中、小さい頃から障害を抱えている左足の状態が悪くなって、京都のときに1年ちょっと休職してしまったので、実質は9年くらいな感覚なんですが、それでも10年近くお世話になったことになります。
今の会社では入社以来、ずっと研究開発の仕事をしていました。研究開発といっても、中堅IT企業ですから、学会向けに何かやるというよりは、実案件に則した中で技術開発をしたり、新しいサービス・新商材を立ち上げるための検証や企画業務をしたりということが主でした。こう書くと、エンジニア目線では結構楽しそうで、やりがいがある仕事と思われるかもしれないですが、僕は最初に配属を聞いたときにちょっと複雑な気持ちになりました。というのも、大学院を修了したときに、博士課程はどうだと当時の先生や親にも言われた中で、研究という作業にあまり魅力を感じてなくて、就職を選んだということもあるんですよね。何も難しいことを考えずに、ただ言われた仕事をやるだけ。効率的に物事を回したり、サークルでいろんな人の意見をまとめたりするのが得意だったので、そういう能力を仕事に活かせればと思ってたところが多々ありました。
それでも、とりあえずやってみようという思いで懸命に取り組みました。懸命に取り組んでいると、やはり自分にあった仕事が回ってくるもんですね。最初は、物理チックな波形解析の仕事。ここでは本当に一からモノづくりに取り組めましたし、2年目以降からは自分が作ったものを外に展開する企画業務もやらせてもらいました。提案書を作って、いろんなところを回ってヒアリングし、戻って聞いてきた内容をまとめ、次の改良に取り組む。オーソドックスですが、今に通じるこうした仕事のやり方を、当時の刺激的な先輩の下で教わりました。
ただ、研究という新しい物事を発想し、それを突き詰めるという仕事に、やっぱり4年目くらいから少し行き詰まりを感じたのも事実です。その時期にも、実はこっそり転職活動をしていたのですが、それと同じくして足の悪化もあり、休職したことで、少し人生を見つめなおす機会がありました。その休んでいたときに別の仕事の可能性はないかと、資格試験の勉強もしていたのですが、いろいろやってみて、やっぱり今の仕事のほうが自分に合っていると思い直しました。そして復帰後はとにかく思い詰めず、自分らしいペースで仕事をしていこうと決め、東京に来てからは本当に刺激的な毎日を送らせてもらいました。京都のときはどちらかというとじっくり研究という感じでしたが、東京はやはりいっぱい仕事があります。特に、社外のいろんな刺激的な出会いをもらいながら、自分の見識をどんどん広められたと思います。
ですが、同じ部署にいても、人がどんどん移り変わり、会社自体も入社した頃に比べると、数倍の規模で大きくなってきました。仕事のスピードもどんどん早くなっていって、最近では研究開発というよりも、研究企画みたいな感じの仕事になってきたことも事実です。もちろん、企画は企画で面白いところもあるんですが、へっぽこなりにエンジニアの端くれである以上、Hadoopとか、クラウドとか、企画書には書いているけど、実際、この技術の深層というか、実際に動いてどんなことができ、どんな問題が生じるのかも分からずに、お客に提案していいのだろうかという不安が、ここ1,2年すごく膨れ上がってきていました。自分なりに調べたり、多少動かしてみたりもするんですが、部署内もどこか専門分化されてきて、詳しく聞いたり、議論したりできる人がどんどん少なくなってきている。この状況を何かしら打破したいなという思いに駆られてきたのです。
そんな際に、転職のお話をいただき、紹介されたのが今年の初め。一回動き出すと、トントンとお話が進んで、4月頭には内定をいただきました。今の会社では部下を抱える身でもあり、転職には相当悩んだのですが、ここで決めなければ次のタイミングは相当先だなと思い、決断させていただいた次第です(まぁ、次の会社に転職を決めた理由は、これだけではないのですが、それはまた時間があるときに書きたいと思います)。
退職するにあたって、相当な数の方から、ビックリしたとか、頑張ってとか、励ましの言葉をいただきました。普段はムスッとした顔で仕事をしていた僕という人間にも、仕事を通じて、これだけの方に愛されていた(ちょっと、言い過ぎか>笑)ということに改めて深く感謝したいです。急な退職告白にも、ちゃんと応じて励ましていただいた同じ部署の方々には、上司・先輩・部下・後輩含め、「ありがとう」の言葉しかないです。そして、僕が抜けて、ほぼ半分しかいなくなった同期メンバーにも、最後の日にまで声をかけてもらいありがとうございます。
最後に、僕が今の会社で一番感謝をしたいのは、入社当時の社長です。ハチャメチャなことをする人だとは思いますが(笑)、それでも会議室とかに入ってこられると凛とした空気になるのは、ああいうのをカリスマというのだなと今だに思います。入社当時手がけたテーマについては、その社長発案のものでしたが、僕が変なものを開発しようものなら青筋を立てて、怒っていただいたことをすごく覚えています。社会人となったいい大人に、あれだけ精魂込めて怒ってもらったことは、後にも先にも、あのときだけだったなと思います。当時も1000人近くいた会社の社長だけに、名前を覚えてもらうだけで1年くらいかかりましたが、廊下や昼食時に会うと、気軽に名前で読んでいただけたことは単純に嬉しかったです。最後に会ったのが、東京2年目のお花見の会だったので、退職を決めた以降に会えなかったことはとても残念なのですが、僕はあなたに育ててもらったと、今でも心の中で思っています。最後に送ったメールを読んでもらえてるかどうか分かりませんが、本当にありがとうございました。
来週からは、新しい会社で心機一転頑張ります。ここで今の会社の経験をフル活用して、自分自身も、会社自体も大きくしていければと思っています。次の会社はどういうところなのか、そして、なぜそこに決めたのかは次の機会に書きたいと思います。