4月 06

イミテーション・ゲーム

「イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密」を観ました。

評価:★★★★★

先日行われた第87回米アカデミー賞。僕はアカデミー賞授賞式をここ数年ずっと観ていますが、今回最も感動的な受賞スピーチをしたのが、本作「イミテーション・ゲーム」でアカデミー賞脚色賞に輝いたグレアム・ムーアでしょう。10代の頃からうつ病にかかっていることを告白し、そのバックグラウンドがあったからこそ本作の脚本を書けたこと。そして、自分は他人と変わっていると思っても、是非変わったままでいてください、という彼のメッセージは今思い返してもすごく胸打たれるものでした。僕自身、その授賞式後の鑑賞でしたので、彼のそうした想いというのが作品のどの部分に込められているのか、興味津々での鑑賞でしたが、確かに彼自身が作品に込めたメッセージというのを作品の節々から感じるところがあり、脚本の構成力といったところでも、脱帽するほどよい仕上がりの作品になっています。

本作は、第二次世界大戦下、ヨーロッパ連合国で秘密裏に行われたドイツの暗号機”エニグマ”の解読に取り組む科学者たちを描いている作品です。物語の中心にいるのは天才数学者であり、現代のコンピュータの基礎をつくったアラン・チューリング。ネタバレではなく史実なので書きますが、彼は戦後自身のうつ病のため、41歳という若さで自殺してしまう孤高の天才でもありました。作品中では戦後、うつ病で苦しむ彼の姿と、戦時中での暗号解読作戦に身を投じていく彼の姿、そしてフラッシュバックとして描かれる若き青年期の物語という大きく3つの時代のエピソードをまたぐ形で描かれていきます。

一応理工系な自分にとって、チューリングという人物はシステム論やコンピュータ基礎のような本には、よく登場してくる人物。映画では数学者となっていますが、コンピュータ(自動計算機)の概念を作り出したチューリングテストなど、コンピュータサイエンスの分野においては誰しもが知っている人物でもあります。そんな彼の人間的側面として、同性愛者であり、うつ病で苦しみ、世間では注目を浴びぬまま失意の死を遂げたということは何となく知ってはいましたが、作品では陰の一面が多かった彼がもっとも輝いた瞬間をうまく捉えています。それは戦時中の暗号解読というプロジェクトに没頭しながら、人と関わることが苦手だった彼でも、彼の能力を慕い、暗号解読というただ1つの目標になり、チームとして1つになっていくところ。人に心を開かなかった彼も、そんな仲間たちを徐々に信じ、人としての弱みも全てさらけ出したところに、彼の人として開放された瞬間があり、彼の人生において、もっとも輝かしかったという一面で描かれています。

チューリングは画家でいうゴッホと同様に、生きている間には全く評価されていなかったという哀しい一面がありますが、それよりも哀しいのは、彼がもっとも輝いたであろう、この戦時下での取り組みが、戦争終結後は政府の機密プロジェクトとして完全に封印されてしまったことでしょう。同時に、戦時下で彼と苦労を共にした仲間たちも戦争終結とともに去り、彼が苦心した解読器も処分されてしまう。映画では、そんなチューリングがもう一度解読器をコンピュータとして復活させようと苦心しますが、マッドサイエンスという言葉もなかった当時は、変人扱いされてこと然りでしょうし、孤独になった彼にとって、うつ病は更に生きていくことを苦しめたことと思います。本作ではそうした負の一面はできるだけ軽く触れるにとどめ、彼がもっとも輝いていた時期に焦点が当たることで、同じ病気や立場で苦しむ現代の私たちでも、生きる希望を与えてくれるような仕上がりになっているのです。ここが脚本家グレアムの力が見事に発揮されているところだと思うのです。

また、主役のチューリングを演じたベネディクト・カンバーバッチも見事の一言。本作でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされていましたが、僕は受賞したエディ・レッドメインよりも、カンバーバッチのほうが上だと思っています。どっちかというと美形俳優の域を出なかった彼ですが、うつ病で苦しむ内面も含め、チューリングという人物が持っていたであろう繊細な部分を見事に表現しています。

映画の予告編だけ見ると、よくある伝記モノか、サスペンス的な色合いがある作品なのか、、と思われるかもしれませんが、チューリングというある天才の生涯を陰陽で見事に捉えた傑作だと思います。

次回レビュー予定は、「幕が上がる」です。

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