9月 01

鏡の中の笑顔たち

「鏡の中の笑顔たち」を観ました。

評価:★★★★☆

先日「種まく旅人 くにうみの郷」の映画感想文で、農業映画というのは割と鉄板映画(どんな作品でも一定の面白さがある)ということを書きましたが、理容室や美容室をテーマにした、”バーバー映画”も意外にハズレは少ないです。近作では池脇千鶴主演の「はさみ hasami」も面白かったし、海外に目を向けても、「胡同の理髪師」、「バーバー」、「髪結いの亭主」など、”バーバー映画”は面白い作品が多いです。理容や美容というのは、髪という人間の見た目を最も大きく左右するものを扱いますし、髪型1つで気分転換になるように、人生を大きく左右もしてくるので、とても映画向きな素材なのかもしれません。それにメイクもそうですが、髪を整える理容というのは実際に人と人とが触れ合いながら、形づくっていくものなので、そこで起こる物語というのも、とても人間味が溢れてくる作品が多いようにも感じます。

本作は、そうした美容業界で一躍カリスマにものぼりつめた一人の青年理容師・井上が、逆にそのカリスマというポジションだからこそ起こしてしまった人気モデルとのいざこざで、業界トップから陥落し、地方の名もない美容店での訪問美容から再生を図っていくというお話。こうあらすじを一言で書いてしまえるくらい、とってもシンプルで、予告編以上に驚きは正直ない作品です。かといって、つまらないかというと実は全然そうでもない。むしろ、こうしたすごく真っ直ぐな作り方が観ていて、すごく気持ちいい作品でした。都会の中で、”美”を追求し、それによって彩られ、ファッション界のトップを行くような女性たち。まるで義務感のように美を追求する彼女らに対し、井上が訪問美容で出会う年配の女性たちは、誰に見せるとかではなく、自分の生活をあくまで自分らしく”美”をもって生きたいと思っている。たとえ、ボケて頭が回らなくても、その美しさを見せる身寄りがいなくても、彼女たちが美しくなることで、毎日の生活に張りが出る。自分の美容術にこだわり続けてきた井上も、そうした違った価値観に、徐々に本当の美容師としての生き方に目覚めていくのです。

僕は井上を見ていて、分野は違えども、若い頃の自分の考え方によく似ているなと思いました。学生のときも、社会人になった頃もそうでしたが、とかく自分の腕や能力というところにこだわりすぎて、その学んだことや経験したことを周りに全然還元しようとはしなかった。それはともすれば、自分さえよければいいという独善的な考えにもたどり着いてしまいます。僕は能力というのは全然高くないので何ですが、主人公・井上のように素晴らしい腕前(技術)があったとしても、それを例えば仕事の中でどう活かすかというのは全く別問題。いいエンジンをもっていても、それだけでは車は動かないように、お客さんがいて、同僚や仲間がいて、その中で初めて自分というものが輝いていく。それは家族でも、会社でも、社会の中でも同じことなんだなということを、最近になってよく感じます。札幌の美しい風景の中、そうした井上の純なまでの成長が、見ていて非常に清く素晴らしく映った作品でした。

次回レビュー予定は、「テッド2」です。

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