10月 07

岸辺の旅

「岸辺の旅」を観ました。

評価:★★★★

「回路」、「トウキョウソナタ」の黒沢清監督による夫婦二人による最期の旅を描いた作品。黒沢監督作品は2013年公開の「リアル 完全なる首長竜の日」以来ですが、未だに、どういう感じの作品を撮る監督という説明がしにくい人でもあります(笑)。でも、そこが黒沢監督の持ち味だと感じていて、「回路」や「LOFT」のようなホラー調の作品も、「アカルイミライ」や「トウキョウソナタ」のような人間の何気ない営みに潜む鋭さや暖かさを描くようなドラマ作品も上手いなと思います。ですが、近作ではめっきりメジャー作品で出てくるものも少なくて、「リアル」にしても面白い作品はあるんですが、どこか??マークがついてしまうもったいなさというのも感じていました。

ところが、本作は「回路」のときのように、黒沢監督独特の境界線のあちらとこちらを飛び越えていく上手い作品だと思います。主人公・瑞希は3年前に夫・優介が失踪し、過ぎゆく日常をただただ漫然に生きていた。ところがそんなある日、失踪した優介が3年ぶりに戻ってくる。しかし、その帰ってきた優介は元のような形ではなく、この世には存在しない幽霊として帰ってくることになるのです。。この幻の存在となっている優介と瑞希が最期の旅をするのが、物語の主軸になるのですが、ここで描かれる優介というのが決して怖い存在にはなっていません。それどころはむしろ飾らない優介の存在が、日常ぽっかりと心に穴が空いた瑞希にとっては、生きているときよりも、より愛おしい存在になっていくのです。

僕の大好きなフランソワ・オゾン監督の「まぼろし」でも、夫を亡くした未亡人が、夫の亡霊(まぼろし)とともに生きていくお話でした。本作も同じようなスキームでは描かれているのですが、主人公の二人が旅をし、出会う人々(この中にも”まぼろし”が潜んでいるのですが、、)によって、生き方が変わっていくロードムービーとなっている点が、若干違う点でもあります。しかし、共通しているのは、まぼろしという異世界の存在を怖いものではなく、主人公たちがあっさりと受け入れることでしょう。考えれば、今を生きる私たちにとって、自意識をもつ自分以外の他人は、物体であろうが幻想であろうが、自意識が生み出す他人という存在でしかないのです。だからこそ自分が愛する存在であれば、それは現実的に生きていようが死んでいようが(究極的には)関係ないのです。大事なのは、自分の中でその人とどう付き合い、愛していくかということではないか、、だからこそ愛する人だったら、幽霊でも怖い存在ではなく、愛おしい存在にしか思えないということではないかと思うのです。

愛おしい存在だからこそ愛せ、逆に全く知らない存在だと、それが全く怖いホラー的な要素になる。もともとホラー映画を主軸に活躍してきた黒沢監督の、そうした視座の切り替えが映像表現で見事に表現されています、ただ、ロードムービーになっているところは、いささか安い「黄泉がえり」みたいな物語になっているところもあり、もう少し話の筋をしっかり組み立てたほうが、より重厚感あるドラマになったかなと思います。

次回レビュー予定は、「しあわせはどこにある」です。

preload preload preload