10月 20

アデライン、100年目の恋

「アデライン、100年目の恋」を観ました。

評価:★★★

29歳のときの自動車事故の影響で、齢を取らなくなってしまった女性のラブ・ファンタジー。こういう設定は過去、ヴァンパイア映画(「アンダーワールド」とか)では文字通り、不死身のヴァンパイアが人間に恋をするというシチュエーションでよく描かれていましたが、本作では、そうしたスキームではなく、あくまでSF的にそういう事故にあってしまった女性を描いたラブドラマが主軸になっています。主演のアデラインを演じるのは、TVドラマ「ゴシップガール」で人気を博したブレイク・ライブリー。監督は「セレステ∞ジェシー」でも、不思議なラブドラマを手掛けたリー・トランド・クリーガーがメガホンを取っています。

この映画、まず魅力的なのは主演のアデラインを演じるライブリーが大人の女性を好演していることでしょう。「ゴシップガール」は観ていませんが、1908年生まれの女性が現代まで生きているということは、見かけや流行どうのという前に重要なのは、100年生きている女性が持つ人間味の深さや芯の強さというところ。アデライン自身も美しいこともさることながら、こうした大人(というか中身の設定は老人になってしまいますが笑)の女性を体現した存在であること。それを主演のブレイク・ライブリーはそつなく演じているところが凄い。「ゴシップガール」とは違い、本作の年齢層というのは少し高めだとは思いますが、そうした観客の厳しい目にも十分に応えてくれる演技力を見せてくれています。

「ベンジャミン・バトン」とかもそうですが、長い年月を生きることができるものの、それと引き換えに失うものは愛する人が次々に先に旅立ってしまうこと。本作では物語上、そうした直接的な描写はないものの、愛する毎に別れる苦しみに苛まれ、短い年月で自ら身を引いてきたアデラインの苦しみというのは分かるような気がします。よく、”愛しているからこそ別れる”とは言いますが、この作品ではお話上そうせざるを得ない主人公の苦しみに、そのことが表現されているように思います。ですが、映画作品として、そうしたウリになりそうな素材を生かし切れていないのが少々残念なところ。現代を生きる若者エリスと、ハリソン・フォード演じる父親ウィリアムとの恋物語との対比を見ても、映像として描かれるところが少々不足しているので、アデラインがちょっと軽薄な女のようにも感じてしまうのです。SF的な設定の美しく描かれているので、もうちょっと尺を長くして、アデラインの過去の苦しい恋物語のエピソードを織り込んでもよいかと思ってしまいました。

次回レビュー予定は、「きみはいい子」です。

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