「天空の蜂」を観ました。
評価:★★★☆
日本を代表するミステリー作家・東野圭吾の同名小説を、「20世紀少年」の堤幸彦監督が映画化した作品。映画の舞台が1995年になっているように、この原作発表も1995年になっている。僕はちょうど高校1年くらいでしたが、当時はまだ携帯電話すらも珍しかった時代。普通の原作ものなら、物語は変えずに時代設定を現代にしたりという工夫をするところですが、この映画はあくまで小説発表時の1995年にフォーカスしたままの作品になっています。実は、これがこの作品の肝でもあり、面白くしているエッセンスにもなっているのです。
1995年8月8日、全長34メートル・総重量25トンを誇る自衛隊用超巨大ヘリ『ビッグB』が国産ヘリとして華々しく登場する予定だった日。遠隔操作も可能という、このヘリの特性を利用して、発表式の前に突如何者かの無人操縦によってハイジャックされる事件が起こる。ビッグBの向かった先は、敦賀にある最新鋭の原子力発電所『新陽』の上空。犯人グループの要求は『新陽』をはじめとする、日本国内すべての原子力施設を破棄すること。要求が受け入れられない場合は、ビッグBを新陽の上に落下させ、日本国土の半分を居住不能にするというものだった。更に、無人と思われていたビックBの中には、ビッグBの設計士・湯原の息子が偶然乗り合わせていた。日本と一人の少年を守るため、男たちの戦いが始まっていく。。
映画のポスターが何か古臭い90年代のアクション映画を思わせるように、映画の序盤はかなり大味な形で物語が進んでいきます。息子を何とか救い出したい湯原、原子力発電所・新陽を守る所長をはじめとしたスタッフと、新陽の設計士・三島、そして犯人グループの正体を暴こうとする刑事たち。形としては群像劇っぽくも仕上げられるのでしょうが、序盤は熱血漢というか、焦りにも似た暴走をする湯原と、冷静沈着な三島とのやり取りがとても暑苦しく、古めかしいドラマと、緊迫感の薄いアクションの数々に、これは久々に駄作にハマってしまったかという危惧すら感じられました。
ところが、中盤の湯原の息子の救出劇から、作品がアクション映画から社会派サスペンスドラマへと一気に移り変わります。この色合いの変わり様には正直いい意味で驚きました。今までのノッペリとしたアクションから、息子の救出劇で手に汗を握らせ、そこから国と、企業、原子力発電所、警察といった、それぞれの枠でのドラマが急に熱を帯びるのです。詳しくは是非観てもらいたいと思いますが、やはり見ものなのは、国という見えない巨大な力によってもてあそばれる個々の悲哀といったところでしょうかね。それが1995年といった時代から、3.11(東日本大震災)へとつながっていく。具体的な描写はないですが、やはり国の無策ともいえる原子力政策と、福島原発の現場で血のにじむ努力をした人たち、そして原発の被災にあった人たちを思い起こさせます。ここまで国という暗部をうまく描いた形のサスペンス映画も、日本には今までなかったように思います。
今、この感想文を書いているときは安保法案の是非が問われていますが、現場で働く自衛隊や、その家族の存在をどれだけの人が考えているでしょうか。医療や介護の分野でも、現場の頑張りに対し、社会政策という大きな枠組みはいつもずれた議論しかできていないように思います。こういったことは至る分野でも起こる問題なのでしょう。東野圭吾作品らしい、どこか大きな社会の問題を、一流のエンターテイメントに上手く昇華できている良作になっています。
次回レビュー予定は、「トゥモローランド」です。
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